自分を知っているか。つのだ ふむ
かっこいい大人とは、自分のことをわかっている人だと思ってきたけど、自分はまだまだかっこいい大人になれていないようだ。以下、オーバーヒートしてる思考を沈めるためにキーボードをパチってる側面が強いけれど、表明的にnoteる。
いま、ストーリーテリングを一から学び直しているところ。僕がまずぶち当たった壁は、「感情を描けていない」こと。と、演出のためのコマ割ができていないこと。なにを描くかが定まっていないからコマ割もできていないというのもあり、両者はつながっている気がする。
この「なにを描くか」ということをずっと勘違いしていた。
「なに」=「設定」としすぎていた点だ。
本当はもっと複雑だろうけど、今は
「なに」=「感情」
という理解で一度進めてみようとおもう。
その見方で自分の好きな作品の好きなシーンを挙げて行ったところ、なるほど確かに設定以前にそのシーンの感情にこそ感動している。
僕はこれまでの人生でいうと、漫画よりも映像を主戦場で仕事をしているけど、感情を描くことや、そのための演出を鋭くすることは映像も一緒なので、ずっと甘いピントで作品を作って来たことになる。(ちなみにじつはコントもやってきたのだが、その話はまたいつか。)
「奇抜な設定や演出」ばかりに気を取られていた若気の至り。それは感情の後からついてくりゃいいとようやく気づいた。
じゃあ、どんな感情を描くのか?
まずは自分の中に生まれている感情を見つめてみる。
人生で一番切なかったこと、退屈したこと、怒ったこと、悲しかったこと。
これ、やってみてほしいのですが、簡単じゃないです。
僕はとくに「退屈したこと」が難しくて、多分退屈した記憶は思い出しても退屈なだけだから封印されてるからなんだと思うけど、そういうのをひっぱりだしてみることで、だんだんと自分の性格がわかってくる。
さすがにこの年齢だから自分のことをわかっているだろう、とたかをくくっていたが、このQ&Aでようやくわかってくる自分がいるという事実に直面した。
はっず。我自分を知らないキッズなり
(表紙とは反対のほくろがある側面の顔で、締めさせてもらいます)
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